女性と共に生活

現在、女性の家に転がり込んでいます。
バイトの先輩で、話も考えも合うなぁってことで、お付き合いすることにしました。
相手が下宿中の学生、僕はバリバリの実家住まい。
そりゃもう凄い勢いで転がり込みました。
だって実家暮らしってつまんなかったんですよねぇ。

生まれてこの方、女性と生活を共にする機会などありませんでした。
実際にやってみると、すごく刺激的で、いいものです。
もちろん好きで一緒に居るのですが、女心、ひいては人との付き合い方を勉強させてもらってる気分です。人生勉強です。

「女心と秋の空」。この言葉があるように、「あれ?さっきまで上機嫌だったよね?」ってことがあります。
まぁ、僕は結構、人を怒らせるようなことを無意識にやっちゃう方なので、僕自身が原因で怒らせることもあるのですが、どう考えても、いつどんな原因で怒ったのかわからないってときもあります。
僕が悪かったと分かれば謝るなりの行動をとれるのですが、理由がわからなければどうしようもなく、お手上げ状態です。
イライラがこちらにも伝わってきて、僕もイライラ。悪循環。
こういうときの明確な対処法ってこの世には存在しないと思います。人間なんてそれぞれだし、何をしたからといって何か変わるわけでもないことってありますよね。
まぁ時間がたって風化するのを待つだけです。

現在、同棲中の方、一緒に住んでなくてもお付き合いしてる方、様々おられると思いますが、やっぱりどうしても元々他人です。その上でお互いが折り合いをつけて付き合っていくんだとしたら、それはもうその都度ある程度妥協することも必要ですよね?
女性とうまくいこうがいかまいが、やっぱ人と関わるとそこから教わるものっていっぱいあるわけで・・・。
イマイチまとまらないですが、僕はこの状況を楽しめています。皆さんも楽しんでたらいーなぁ。

地獄の中学バスケ部時代

僕は小学校三年生から高校三年生まで、ずーっとバスケットボール部でした。

約9年間のバスケットボール生活の中でも、一番キツかったのが、中学三年間の部活動でした。
その原因は顧問の先生で、もう鬼のような先生でした。
元々その中学校では違う先生がバスケを教えていたのですが、僕が入学と同時に新任教師として入ってきたのが鬼の先生で、一気にそのバスケ部を支配してしました。
恐怖政治の始まりです。

とりあえず全員丸坊主でした。
自分が坊主頭になるなんてそれまで想像すらしてませんでした。だってバスケ部ですよ?野球部じゃないんですよ?
中学入学当初、僕は少しはモテたんですが、坊主にした途端エライもので全くモテなくなりました。結構その時はショックだったのを覚えています笑。

練習試合のたびにビンタは当たり前。もちろん僕もバッチンバッチンビンタを受けていたのですが、一番記憶に焼き付いているのが、他校との練習試合中、チームメイトが体育館の端から端まで、往復ビンタを食らったことです。あの時の他校のチームの哀れみの顔は脳に焼き付いて離れません笑。

そして僕等が一番上の世代になり、新チームになりました。
僕は顧問にキャプテンになるよう命じられました。そのときは嬉しかったのですが、実際にチームが始動すると、なにをしてもキャプテンということで怒られまくりました。そしてビクビクしながら顧問の顔色を伺うようになりました。
もうそうなると全く楽しんでバスケなどやっていません。
最後の大会も早々に敗退してしまい、本当ににがーい中学バスケ時代でした。

暗い感じのおはなしになってしまいましたが、良かったこともあります。
多少のビンタなら、耐えられるようになったよ!
まぁそれからの生活で全く役に立ってないけど・・・笑。

小学校三年生まで一人で外を歩くのが怖かった。

僕は小さい頃、大がつくほどのヘタレで(今もだけど笑)、どれだけ見知った場所だろうと一人で道を歩くのがめちゃくちゃ怖かったんです。

あの頃の僕は何でも信じちゃう子供で、怖い話をされようものなら「本当に怖いオバケがいるんだ」とすぐにビクビクしてしまうのです。
なかでも今でもちょっとトラウマなぐらい怖いのが「口裂け女」でした。
道で口裂け女に会うと、質問されて、その答えが気に入らないと殺されるなんて話があったものですから、完全に信じこんじゃって本当に怖かったんです。
なので一人で道を歩けない子供になっちゃいました。

しかし一人で道を歩けるきっかけがありました。
僕は、両親が共働きだったので、学童保育に預けられていました。
小学校から直接帰る分には、家の方向が同じ友だちがいたので、平気なのですが、学童保育からの帰り道には一緒に帰る友達がいませんでした。
なので、そこから帰るときにはいつも、学童保育の先生の勤務終了を待ったり、学年が上の男の先輩に送ってもらったりしていました。その先輩というのがなかなか変わった人で、無口で一緒に帰ってても全く喋らなくて早歩き。僕は後ろから必死でいつも追いかけていました。
そしてある日いつものようにその先輩に送ってもらっている途中、もう僕の家の前というところで先輩が急に止まり、下を向いたまま「一人で帰れよ!!」と叫んだのです。
僕はびっくりして泣きながら家に帰りました。

しかしそれをきっかけに僕は一人で帰ってみようと、やってみると特に怖くもなく、普通にかえれました。
あの時先輩が叫んだ本当の理由は、成長させるためか、ただただ鬱陶しかっただけか分からないですが、なにはともあれきっかけを与えてくれたことにはとても感謝しています。

漫画の実写化

今、日本は漫画の実写化がものすごく多いです。
海外も多いのかな?アメコミとかの実写化もあるし。
元々ファンがいる、というのは作品を成功させる上で、とても大きいのでしょう。本当に実写化ばっかりです。

僕は無類のマンガ好きです。
やはり好きな漫画に対しては、並々ならぬ思い入れがあります。キャラクターの性格、話の展開、根本的な理念。なんかこれ以上挙げていくと気持ち悪いんでやめます。もう手遅れか笑。
それくらい僕の好きな漫画がいくつも実写化されたり、既にされていたりします。
映画でも、ドラマでも、それを日本の俳優が表現しようとすると、どうしても無理があることが多いです。
「ここはこうじゃないのに」「あいつはあんな奴じゃないのに」と、作品に対するこだわりが邪魔をして、純粋に楽しめなくなってしまいます。
なので、僕は基本的に漫画の実写化には反対!!
・・・なのですが、たまーにあるんですよね〜。作品の良さを上手く表現できていたり、俳優がキャラクターを凌駕するほどの演技をしたりする時が。
「ああちゃんとこの作品をしっかり分かってる人たちが作ってるんだな」とこういう時は最高に嬉しい気分になったりします。

なので僕が今回言いたいことは、商業目的だけで軽々と漫画を実写化しないで欲しいということです。作るんだったら、その作品のことを愛していて、わかっている人が作らないと、その作品のファンが悲しむからです。
しかし今映画もテレビも氷河期で、観る人の絶対数がどんどん減っています。
そりゃ作る側も、固定の視聴者が見込める漫画に目をつけて、利用しますよね。
しかたないか・・・こんな時代じゃ・・・。と悲しくなりながらもしっかり僕は観るんですけどね笑。

小説は自由

小説は、自分をいろんな所へと連れていってくれます。

電車の中や、ベットの上。はたまた歩きながらだって、危険だけど笑。
人間は文字だけで、情景や状況や言葉を思い浮かべることのできる、頭のいい動物です。
簡単な言葉で表現してもわかりますが、それを複雑でありながらも綺麗に表現された言葉ならば、人を魅了でき、それが仕事になったりします。

僕も一応少しくらい文章を書くので、小説から学ぶものは多いです。
1つ出来事を書き表すにしても、小説では、考えぬいて選びぬかれた言葉たちを巧みに操り、僕もよく感心しながら勉強しています。
小説からドラマになることは良くありますが、これには全く賛成できません。
小説の作品というものは、その小説の作者の技法と、受け取る側の読解力によってやっと一つのもに成り立つのだと思うのです。
小説を読んだ時点で、そこにある情景、登場人物、空気感は、自分の頭の中で構築されており、それをあとから今流行りの俳優などが表現しても、どうしても違和感を感じたり、矛盾しているような印象を受けたりしてしまいます。

逆に、ドラマをみて興味を持って小説を読んでも、もうそれは、頭の中で人物像や情景ができあがってしまっており、せっかくの読み解く自由が制限されてしまうような気がしてならないのです。
なので僕は、ドラマから小説に興味を持つことは全くないです。

小説は自由であるはず。それを究極までに追求していくためには、案外を「周りを見ないこと」が大事だったりするかもしれません。もちろん視野や知識を広げていくことは、人として大事ですが、広げれば広げるほど自由を奪っていくことになるケースもあります。

小説のみならず、様々なことを純粋に楽しむことって、簡単なようで難しいなと思うの今日この頃でした。

今をときめく政治家、橋下大阪市長

僕は元々政治に興味など全くありませんでした。

「政治なんて誰が何をしても一緒」
この考えが僕をずーっと政治から遠ざけてました。政府なんて人の粗探しばかり得意な人が集まった、ダメ人間集団とさえ思っていました。そりゃ興味などもてません。

でもそんな僕にも興味を持つきっかけを与えてくれた方がいます。
それが現大阪市長橋下徹氏です。
今一番勢いのある政治家です。大阪から世界へと、様々な改革を行なっておられます。
まぁ僕自身ミーハーなところもあって、人々をグイグイ引っ張るカリスマのような人には弱いんです。
ただ今の若者って、僕みたいな人多いと思います。だからこそ若い世代からの圧倒的な支持があるんでしょう。
小泉純一郎氏もそんな人だったんじゃないでしょうか。あの時のこと僕はまだ幼かったんであまり覚えてないですが。

僕が橋下氏に対して、魅力的だと感じる点があります。
それは橋本氏は改革を行う際、「国民にも苦労してもらいます。そうじゃないと良い方向に向かうはずがない。」とキッパリ言い張るのです。「国民の皆様には明るい未来を」なんて抽象的に無駄に安心させるようなことをいうしょぼい政治家ではないんだと思わせてくれます。

橋下氏を否定的にみる人々は、橋下氏のことを「独裁者」と呼びます。
僕も独裁者なのかもしれないと感じることもあるのですが、でも何が悪いんでしょうか?今の日本に必要だと思います独裁者。
どうせこのまんまだと日本は頭打ちになるのは眼に見えているのですから、ガンガン改革を行なってくれる人は絶対に必要です。
「どうせ悪くなるのだから、現状維持よりも改革」
こう考える僕は、責任も守るものもない若者だからでしょう。そして人を魅了する力を持つ橋下徹氏に、心酔してしまっているのでしょう。頑張れ橋下!

野菜を食べろと母は言う

「親の言うことはしっかり聞かなくてはいけない」
なんて言いますが、なかなか実行できないものです。だっておんなじこと何回も言うんだもの。

僕が会うたびによく言われるのは「野菜を食べなさい」です。
最近太ってきた僕を気にしての一言なのですが、もう会うたびに言われすぎてうんざりしてきます。
100回以上は言われてます。1回目2回目こそ気にして言っていたと思うのですが、もう50回目あたりからは、僕が視界に入ると言うように、脳がインプットしてしまっていて、完全なる流れ作業です。

まぁでも一応その都度受け答えはするようにしています。
だって心配してくれているのは確かだし、僕は今思春期まっただ中の中学2年生ではないからです。
20歳を超えた大人だからです。
ずーっと迷惑をかけてきているのですから、野菜を食べろっていう願いくらいはしっかり聞かないと、バチが当たります。

こういった形骸化した家族内での挨拶というものは、今思えばいくつもあります。「いってきます」や「気をつけて」など。
もちろん心配はしていますが、これはもう中身のないパターン化した受け答えであると言ってもいいでしょう。
でもこれが大事なんですよね。イチイチ考えなくても分かり合っていて、信頼しあっている。家族だけじゃなく友人や恋人、それらの人々の間でパターンとなった受け答えを大切にしていきたいです。

実際ネット上で簡単に人と繋がれます。普通じゃ関われないような人とコミュニケートできる時代ですが、そんな時こそ、身近な人とのつながりです。
「野菜を食べなさい」と何回も言われていると、どうしても「はいはい」と聞き流してしまいますが、今一度、言ってもらえていることの感謝してみたいと思います。
母は、今日もタントエグゼに乗って買い物へ行きました。
きっと野菜をたっぷり購入するためでしょう。
ありがたい・・ですね^^;

かえるの兄弟

友人からかわいいプレゼントをもらいました!
ピンクのかえるとブルーのかえるの兄弟です。

箱に入っていたので、箱を開けると、かわいいかえるが出てきたので、嬉しくなりました。
顔がとてもかわいくて和みます。
手の平と足の裏が白くて、形もまさにかえるの手足のような形をしています。
ぺたんと座るとよりかえるっぽくてかわいいです。
たまにちょっと横着にも見えますが、それがまたかわいいです。
よく見つけてプレゼントしてくれたな~と嬉しくなりました。
このかえる、だいたいは、頭のところに鎖がついていて、何かにつけることができるようになっていました。
でも、ストラップにするにはちょっと大きいし、バックにつけるのも年齢的におかしいかな‥と思い、くさりを外して、家に飾っています。

名前は、青いかえるはベルギー、ピンクのかえるはママギーとなりました。
私の姪っ子が名づけ親です。
何を根拠につけた名前なのかは分かりませんが、かわいいので気に入っています。
姪っ子はかえるを欲しがっていましたが、あげませんでした。
かわりに、彼女の誕生日が入ったちいさいクマのキーホルダーをプレゼントしました。
ベルギーとママギーは今日も我が家でぺたんと座っています。
こういうキャラクターものっていくつになってもかわいいなと思うものですよね。