地獄の中学バスケ部時代

僕は小学校三年生から高校三年生まで、ずーっとバスケットボール部でした。

約9年間のバスケットボール生活の中でも、一番キツかったのが、中学三年間の部活動でした。
その原因は顧問の先生で、もう鬼のような先生でした。
元々その中学校では違う先生がバスケを教えていたのですが、僕が入学と同時に新任教師として入ってきたのが鬼の先生で、一気にそのバスケ部を支配してしました。
恐怖政治の始まりです。

とりあえず全員丸坊主でした。
自分が坊主頭になるなんてそれまで想像すらしてませんでした。だってバスケ部ですよ?野球部じゃないんですよ?
中学入学当初、僕は少しはモテたんですが、坊主にした途端エライもので全くモテなくなりました。結構その時はショックだったのを覚えています笑。

練習試合のたびにビンタは当たり前。もちろん僕もバッチンバッチンビンタを受けていたのですが、一番記憶に焼き付いているのが、他校との練習試合中、チームメイトが体育館の端から端まで、往復ビンタを食らったことです。あの時の他校のチームの哀れみの顔は脳に焼き付いて離れません笑。

そして僕等が一番上の世代になり、新チームになりました。
僕は顧問にキャプテンになるよう命じられました。そのときは嬉しかったのですが、実際にチームが始動すると、なにをしてもキャプテンということで怒られまくりました。そしてビクビクしながら顧問の顔色を伺うようになりました。
もうそうなると全く楽しんでバスケなどやっていません。
最後の大会も早々に敗退してしまい、本当ににがーい中学バスケ時代でした。

暗い感じのおはなしになってしまいましたが、良かったこともあります。
多少のビンタなら、耐えられるようになったよ!
まぁそれからの生活で全く役に立ってないけど・・・笑。

小学校三年生まで一人で外を歩くのが怖かった。

僕は小さい頃、大がつくほどのヘタレで(今もだけど笑)、どれだけ見知った場所だろうと一人で道を歩くのがめちゃくちゃ怖かったんです。

あの頃の僕は何でも信じちゃう子供で、怖い話をされようものなら「本当に怖いオバケがいるんだ」とすぐにビクビクしてしまうのです。
なかでも今でもちょっとトラウマなぐらい怖いのが「口裂け女」でした。
道で口裂け女に会うと、質問されて、その答えが気に入らないと殺されるなんて話があったものですから、完全に信じこんじゃって本当に怖かったんです。
なので一人で道を歩けない子供になっちゃいました。

しかし一人で道を歩けるきっかけがありました。
僕は、両親が共働きだったので、学童保育に預けられていました。
小学校から直接帰る分には、家の方向が同じ友だちがいたので、平気なのですが、学童保育からの帰り道には一緒に帰る友達がいませんでした。
なので、そこから帰るときにはいつも、学童保育の先生の勤務終了を待ったり、学年が上の男の先輩に送ってもらったりしていました。その先輩というのがなかなか変わった人で、無口で一緒に帰ってても全く喋らなくて早歩き。僕は後ろから必死でいつも追いかけていました。
そしてある日いつものようにその先輩に送ってもらっている途中、もう僕の家の前というところで先輩が急に止まり、下を向いたまま「一人で帰れよ!!」と叫んだのです。
僕はびっくりして泣きながら家に帰りました。

しかしそれをきっかけに僕は一人で帰ってみようと、やってみると特に怖くもなく、普通にかえれました。
あの時先輩が叫んだ本当の理由は、成長させるためか、ただただ鬱陶しかっただけか分からないですが、なにはともあれきっかけを与えてくれたことにはとても感謝しています。

漫画の実写化

今、日本は漫画の実写化がものすごく多いです。
海外も多いのかな?アメコミとかの実写化もあるし。
元々ファンがいる、というのは作品を成功させる上で、とても大きいのでしょう。本当に実写化ばっかりです。

僕は無類のマンガ好きです。
やはり好きな漫画に対しては、並々ならぬ思い入れがあります。キャラクターの性格、話の展開、根本的な理念。なんかこれ以上挙げていくと気持ち悪いんでやめます。もう手遅れか笑。
それくらい僕の好きな漫画がいくつも実写化されたり、既にされていたりします。
映画でも、ドラマでも、それを日本の俳優が表現しようとすると、どうしても無理があることが多いです。
「ここはこうじゃないのに」「あいつはあんな奴じゃないのに」と、作品に対するこだわりが邪魔をして、純粋に楽しめなくなってしまいます。
なので、僕は基本的に漫画の実写化には反対!!
・・・なのですが、たまーにあるんですよね〜。作品の良さを上手く表現できていたり、俳優がキャラクターを凌駕するほどの演技をしたりする時が。
「ああちゃんとこの作品をしっかり分かってる人たちが作ってるんだな」とこういう時は最高に嬉しい気分になったりします。

なので僕が今回言いたいことは、商業目的だけで軽々と漫画を実写化しないで欲しいということです。作るんだったら、その作品のことを愛していて、わかっている人が作らないと、その作品のファンが悲しむからです。
しかし今映画もテレビも氷河期で、観る人の絶対数がどんどん減っています。
そりゃ作る側も、固定の視聴者が見込める漫画に目をつけて、利用しますよね。
しかたないか・・・こんな時代じゃ・・・。と悲しくなりながらもしっかり僕は観るんですけどね笑。

小説は自由

小説は、自分をいろんな所へと連れていってくれます。

電車の中や、ベットの上。はたまた歩きながらだって、危険だけど笑。
人間は文字だけで、情景や状況や言葉を思い浮かべることのできる、頭のいい動物です。
簡単な言葉で表現してもわかりますが、それを複雑でありながらも綺麗に表現された言葉ならば、人を魅了でき、それが仕事になったりします。

僕も一応少しくらい文章を書くので、小説から学ぶものは多いです。
1つ出来事を書き表すにしても、小説では、考えぬいて選びぬかれた言葉たちを巧みに操り、僕もよく感心しながら勉強しています。
小説からドラマになることは良くありますが、これには全く賛成できません。
小説の作品というものは、その小説の作者の技法と、受け取る側の読解力によってやっと一つのもに成り立つのだと思うのです。
小説を読んだ時点で、そこにある情景、登場人物、空気感は、自分の頭の中で構築されており、それをあとから今流行りの俳優などが表現しても、どうしても違和感を感じたり、矛盾しているような印象を受けたりしてしまいます。

逆に、ドラマをみて興味を持って小説を読んでも、もうそれは、頭の中で人物像や情景ができあがってしまっており、せっかくの読み解く自由が制限されてしまうような気がしてならないのです。
なので僕は、ドラマから小説に興味を持つことは全くないです。

小説は自由であるはず。それを究極までに追求していくためには、案外を「周りを見ないこと」が大事だったりするかもしれません。もちろん視野や知識を広げていくことは、人として大事ですが、広げれば広げるほど自由を奪っていくことになるケースもあります。

小説のみならず、様々なことを純粋に楽しむことって、簡単なようで難しいなと思うの今日この頃でした。